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千葉地方裁判所木更津支部 平成4年(ワ)48号 判決 1995年12月05日

原告

河野新一

右訴訟代理人弁護士

山田次郎

被告

森田進

右訴訟代理人弁護士

白石哲也

被告

登山政雄

登山美代

右両名訴訟代理人弁護士

鈴木康夫

被告

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

江頭郁生

右訴訟代理人弁護士

高崎尚志

花村聡

石井夢一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

原告に対し、

一  被告森田進及び被告日動火災海上保険株式会社は連帯して、一億一四一二万円及びこれに対する平成二年一一月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告登山政雄及び被告登山美代はそれぞれ、被告森田進及び被告日動火災海上保険株式会社と連帯して、右一項の金員のうち、五七〇六万円及びこれに対する平成二年一一月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

本件は、登山浩幸の運転する自動車が道路脇の街路樹に衝突炎上した交通事故によって、同乗していた原告が、死亡した運転者右登山の相続人の被告登山政雄及び登山美代に対し民法七〇九条によって、その自動車の所有者の被告森田進に対し自賠法三条によって、所有者と自家用自動車総合保険契約を締結している被告日動火災海上保険株式会社に対しその保険契約によって、右事故による自己に生じた損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

亡登山浩幸(以下「亡浩幸」という。)は、平成二年一一月一八日午後一一時二五分頃、助手席に原告(昭和四二年一二月二九日生れの男子)を、後部座席に森田照美(以下「照美」という。)を乗せ、普通乗用自動車(袖ケ浦五六そ三七一七号、マツダRX7。以下「本件自動車」という。)を運転して、千葉県市原市姉崎海岸二四番先道路を進行した際、本件自動車を進路左側の歩道上にある街路樹に衝突させて炎上し、その結果原告に対し全身熱傷の傷害を負わせた[各当事者間に争いがない事実と、甲第五の1、証人森田照美、原告本人。被告登山政雄及び被告登山美代の関係で、本件事故当時亡浩幸が本件自動車を運転していたことは、証人森田照美、原告本人によって、これを認める。]。

2  被告登山政雄及び被告登山美代に対する請求関係について

(一) 亡浩幸は本件事故によってその当日に焼死し、同人の相続人はその両親である被告登山政雄(以下「被告政雄」という。)及び被告登山美代(以下「被告美代」という。)である[争いがない。]。

(二) 被告政雄及び被告美代は、平成四年五月二二日本件訴状の送達を受けたが、その後の同年六月九日に千葉家庭裁判所木更津支部に対し、いずれも亡浩幸の相続について相続放棄の申述をなし、同月二二日これらを受理された[争いがない。なお同被告らに対する本件訴状の送達を受けた日は、当裁判所に顕著である。]。

3  被告森田進に対する請求関係について

本件自動車は、本件事故当時被告森田進(以下「被告森田」という。)が所有していた[争いがない。]。

4  被告日動火災海上保険株式会社に対する請求関係について

(一) 被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)は、被告森田との間で、平成二年一月二七日、本件自動車を保険証券記載の自動車(被保険自動車)とし、同被告を保険証券記載の被保険者とする自家用自動車総合保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)[争いがない。]。

(二) 本件保険契約の内容は、自家用自動車総合保険普通保険約款(以下「自動車保険約款」という。)の定めるところによるものであるが、その自動車保険約款には次の賠償責任条項を含む定めがある[争いがない。]。

(1) (一条)当会社は、保険証券記載の自動車(以下「被保険自動車」といいます。)の所有、使用または管理に起因して他人の生命または身体を害する事(以下「対人事故」といいます。)により、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を、この賠償責任条項及び一般条項に従い、てん補します。

(2) (三条)この賠償責任条項において、被保険者とは次の者をいいます。

① 保険証券記載の被保険者(以下「記名被保険者」といいます。)

② 被保険自動車を使用または管理中の次の者

イ 記名被保険者の配偶者

ロ 記名被保険者またはその配偶者の同居の親族

ハ 記名被保険者またはその配偶者の別居の未婚の子

③ 記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者(以下「許諾被保険者」という。)

(3) (六条一項)対人事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権者は、当会社が被保険者に対しててん補責任を負う限度において、当会社に対して第3項に定める損害賠償額の支払を請求することができます。

(三) 右六条一項のいう損害賠償額は、自動車保険約款六条三項で、被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額から、自賠責保険等によって支払われる金額と被保険者が損害賠償請求権者に対してすでに支払った損害賠償金の額を差引いた金額をいうと定められ、また右の損害賠償額を損害賠償請求権者に直接支払う時期としては、同条二項で、その一号として、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定したときと定めている[丁三]。

二  原告の被告らに対する具体的請求

原告は、被告らに対し、連帯して本件事故による原告が受傷したことによって生じた左記の(1)の損害額から(2)の損害の填補額を控除した残額一億〇四一二万円(万円未満切り捨て)と、(3)の弁護士費用額との合計一億一四一二万円及びこれに対する本件事故の発生した日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた(但し、被告政雄と被告美代とは、それぞれ亡浩幸の相続人としての相続分二分の一の五七〇六万円の限度で連帯支払を求めた。)。

(1)  損害

一億三〇三二万円(万円未満切捨)

①治療費 四三万六一八〇円

②入院雑費 四〇万八〇〇〇円

一日一二〇〇円の三四〇日分

③通院交通費 六三万一二四〇円

④休業損害及び逸失利益

六八二五万二一六〇円

事故時の年収 三八四万円

喪失期間四五年間(事故時の二二歳から六七歳まで)

喪失率一〇〇%(後遺障害等級一級)

ライプニッツ係数17.774

⑤将来の介護費

三三七五万〇四五五円

一日の介護料 五〇〇〇円

(最終退院時の年齢二三歳の男性の平均余命五三年)

ライプニッツ係数18.4934

⑥慰藉料 二六八五万円

入院分 二八五万円

後遺症分 二四〇〇万円

(2)  損害の填補

二六二〇万円(本件自動車の自賠責保険からの支払)

(3)  弁護士費用 一〇〇〇万円

三  争点

1  被告政雄及び被告美代に対する請求について

同被告は亡浩幸の相続人として、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任があるか否か。

(一) 請求原因

原告は、亡浩幸が本件自動車を運転し、本件事故現場付近道路を進行したものであるが、その際自動車運転者としては、制限速度を順守して、的確な運転操作をすべき注意義務があるのにこれを怠り、制限速度である法定速度を七〇キロメートルも超える時速約一三〇キロメートルで走行し、ハンドル操作を誤った過失によって、街路樹に本件自動車を衝突させ炎上する本件事故を発生させたものであると主張し、従って亡浩幸には民法七〇九条により、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任があり、これによる損害賠償債務を亡浩幸の両親である同被告らが相続したとする。

(二) 同被告らは、亡浩幸の相続を放棄したか(抗弁)。

前記認定したとおり、同被告らは、亡浩幸の相続について平成四年六月九日相続放棄の申述をなし、これが受理されているから、これによって、同被告らは亡浩幸の相続を放棄しているので、亡浩幸の原告に対する本件損害賠償債務を相続していないと主張する。

この点に関する争点は、同被告らのなした本件相続放棄の申述が民法九一五条一項の熟慮期間内になされたものであるか否かである。

2  被告森田に対する請求について

同被告は、本件事故によって原告に生じた損害を、自賠法三条によって賠償する責任があるか否か。

(一) 請求原因

同被告が本件自動車の所有者であることは、前記認定したとおりであるが、原告は、これを前提として、同被告が本件事故当時、右自動車を自己のために運行の用に供していたものであるとし、同被告は自賠法三条により、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任があると主張する。

(二) この点に関する争点(抗弁)は、次の二点である。

(1) 同被告が本件事故当時、本件自動車について自賠法三条の「運行供用者」の地位を喪失していたか。

(2) 同被告が右運行供用者であるとしても、本件事故当時原告も本件自動車の運行供用者であり、自賠法三条にいう「他人」に該当しないか。

3  被告保険会社に対する請求について

被告保険会社に、本件事故によって原告に生じた損害を、本件保険契約により賠償する責任があるか否か。

(一) 請求原因

原告は、本件事故によって原告に生じた損害について、

(1) 本件保険契約による記名被保険者である被告森田が前記2のとおり自賠法三条によりその賠償責任を負担しているので、

(2) 仮に被告森田が右賠償責任を負担していないとしても、本件事故当時記名被保険者である被告森田が本件自動車の使用を娘の照美に許諾し、同女を介して、右自動車を運転していた亡浩幸が同被告から明示的或いは黙示的に許諾を得ていたものであり、右保険契約による許諾被保険者に当たり、かつ亡浩幸が前記1のとおり民法七〇九条によりその賠償責任を負担しているので、右保険契約により被告保険会社は原告に対して右損害を直接填補する責任があると主張する。

(二) この点に関する争点は、次の二点である。

(1) 本件保険契約による記名被保険者である被告森田が、本件事故による原告に生じた損害について法律上責任を負うか否か。

この点の中心的な争点は、被告森田が抗弁として主張するのと同様である。

(2) 亡浩幸が本件事故当時、本件保険契約の許諾被保険者にあたるか。

4  被告ら全員に対する請求について

被告らは、本件事故によって生じた原告の損害額を争う外、原告にも好意同乗者として、損害を減額すべきであると主張する。

第三  争点に対する判断

一  被告政雄及び被告美代に対する請求について

1  本件事故の状況

甲六(実況見分調書)により認められる本件事故現場の状況、その際立会った成田慎太郎の事故の目撃状況、及び甲七(実況見分調書)により認められる本件自動車の損傷状況に、証人森田照美、原告本人を併せれば、以下の事実が認められる。

すなわち、①本件事故現場は中央分離帯のある片側二車線(幅員約7.8メートル)の国道一六号線であり、制限速度は法定速度と規制されている。②本件事故当時、亡浩幸は本件自動車を運転して、右国道の下り車線の中央分離帯寄り車線を、法定速度時速六〇キロメートルをかなり上回る高速度で進行し、本件事故現場手前の交差点に差し掛かったところ、同じ車線を先行していた成田慎太郎の運転する自動車の後方約4.7メートルに急接近させた。③亡浩幸は先行車との追突を避けるため、本件自動車の進路を歩道側車線へ変更して進行しようとして、高速度のままで本件自動車のハンドルをいきなり左に切ったため、自車の運転を制御できなくなり、そのまま歩道に向かって進行させ、約24.3メートル進んで歩道上の街路樹に激突させた。④本件自動車は激突した衝撃で大破炎上し、その結果助手席に同乗していた原告と、後部座席に同乗していた照美に重篤な傷害を与え、亡浩幸も即死した。

2  亡浩幸の民法七〇九条の責任について(請求原因)

右認定した事実によれば、本件事故は、亡浩幸が本件自動車を運転して走行させた際、法定速度を順守して、的確な運転操作をしてハンドルを急転把することのないように走行すべき注意義務があるのにこれを怠り、法定速度をかなり上回る高速度で右自動車を進行させ、先行車に接近したため、追突を避けようとして、そのままの速度で自車のハンドルを急転把したことによって、自車を制御できなくなった過失によって生じたものと認めることができる。

したがって、亡浩幸は本件自動車の運転者として、民法七〇九条により、本件事故によって自車に同乗していた原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  被告政雄及び被告美代が亡浩幸の相続を放棄したか(抗弁)。

(一) 前記認定したとおり、亡浩幸は平成二年一一月一八日の本件事故によって死亡したが、その相続人である両親の被告政雄及び被告美代は、亡浩幸が本件自動車の運転者として、民法七〇九条により、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する債務があり、同被告らがこの損害賠償債務を相続したとして、原告からのその相続債務に基づく支払を求める本件訴状の送達を平成四年五月二二日に受けたことから、亡浩幸の相続について同年六月九日相続放棄の申述をなし、これが受理されているものである。

ところで、亡浩幸の相続人である同被告らは、亡浩幸が本件事故によって死亡したことをその翌日の平成二年一一月一九日に知り、これによって独身である亡浩幸の法律上の相続人が親である同被告ら自身であることを知ったものであるから[丙二の1と2、被告登山政雄本人、被告登山美代本人]、同被告らのなした本件相続放棄の申述が民法九一五条一項の熟慮期間内になされた適法なものか否かが問題となる。

(二) そこで、この点について検討する。

(1) 証拠[丙二の1と2、被告登山政雄本人、被告登山美代本人]によれば、亡浩幸は平成二年五月頃まで親の被告政雄及び被告美代方から通勤していたが、それ以降転職したのを機会に両親の家を出て独りで生活をするようになったが、同被告らは亡浩幸がどこに住んでいるのかはっきりとは分からなかったものの、音信がまったくない状態ではなく、たまには亡浩幸から電話があったり、自宅に戻って来りすることがあったこと、同被告らは亡浩幸が死亡したことを知った際、本件事故によるものはさておき、他に相続財産はないものと思っていたことが認められる。

(2) ところで、同被告らは、その各本人尋問で、本件事故について、その当初から亡浩幸が同乗者であると思っていたもので、本件訴状が送達されるまで運転者であるとは思いもしなかったと供述するが、①被告森田は本件事故から三日位のちに、警察に問い合わせて、本件自動車を運転していたのが亡浩幸であることを知ったこと[被告森田進本人]、②また原告の父である河野秀夫も、右事故後しばらくして警察から、亡浩幸が運転者であることを知らされたこと[証人河野秀夫]、③そして河野秀夫が申請した平成三年八月九日付け本件事故の交通事故証明書では、本件自動車の運転者が亡浩幸であるとされていること[甲一]や、④被告政雄及び被告美代の両名が平成二年一二月上旬に、被告森田方を訪れた際、同被告の妻から、亡浩幸が運転していたので照美の足を返して欲しいと言われたが、これについて被告政雄及び被告美代のいずれも否定しなかったこと[被告森田進本人]等からすれば、被告政雄及び被告美代は本件事故後しばらくして、本件自動車を運転していたのが自らの子の亡浩幸であることを知っていたことが十分窺われるので、本件訴状が送達されるまでこれを知らなかったとする同被告らの右供述は信用できない。

(3) しかしながら、被告政雄及び被告美代の両名が、本件事故後しばらくして、右事故当時本件自動車を運転していた者が亡浩幸であることを知っていたとしても、それ以上に亡浩幸が本件事故により原告に損害を賠償する責任を負担しているとは、同被告らは具体的には認識していなかったもので、同被告ら自らが亡浩幸の損害賠償責任の有無の調査をすることも困難であり[被告登山政雄本人、被告登山美代本人]、現実にも本件訴状が同被告らに送達されるまでに、原告からその損害の賠償を要求されたと認められる形跡は本件証拠上になく、同被告らが亡浩幸が死亡したことと、自らがその相続人であることを知った平成二年一一月一九日から三か月の間に相続放棄をしなかったとしても、それが被相続人である亡浩幸に相続財産がまったく存在しないと信じたためであり、本件事故の際の運転者が亡浩幸であることを知っていても、原告に対する損害賠償債務の相続財産の有無の調査を期待することは、その請求に関する行為がなければ、相続人である同被告らに相当困難なことであるから、右のように信ずるについて相当な理由があると認められる。

(4) そうすると、同被告らの亡浩幸の相続について、民法九一五条一項の熟慮期間は、相続財産の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものであるとするのが相当であるから、結局亡浩幸の本件事故による原告に対する損害の賠償を負担している可能性を同被告らが認識した時、すなわち本件訴状を送達された日から起算すべきものであり、それ以降三月以内になした同被告らの本件相続放棄の申述は適法にされたもので、これに基づく申述受理もまた適法なものというべきである。

(三) したがって、同被告らの亡浩幸の相続を放棄したとする主張は理由があり、亡浩幸の原告に対する本件事故による損害賠償債務を同被告らが承継していないことになる。

4  よって、原告の被告政雄及び被告美代に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

二  被告森田に対する請求について

1  本件自動車の運行状況

証拠[証人森田照美、原告本人、被告森田進本人]によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故当時本件自動車に乗車していた者の関係等[丙三]

①照美は本件自動車の所有者である被告森田の長女であり、原告とは中学時代の同級生で、本件事故時の四年前に一、二か月交際をしたことがあるものの、それ以降交際は途絶えていたが、本件事故当日の三日位前に原告から初めて電話があり交際が始まったが、その時には原告が運転してきた自動車でドライブをした。②原告は運転免許を有していなかったが、照美はこのことを知らず、当然にその免許を有しているものと思っており、本件事故当時も同様に思っていた。③原告と亡浩幸とは中学時代からの遊び仲間であり、本件事故当時不動産売買をしている関東ランド株式会社に一緒に勤務し、袖ケ浦にあった会社の寮に共に住んでいた。④照美と亡浩幸とは、本件事故当日に原告の紹介で初めて会ったもので、それ以前に両人は何らの交際もなかった。

(二) 本件自動車の管理状況

①本件自動車は、被告森田が平成二年一月に、長男の通勤用自動車として、同被告自らが出捐して購入して、自らが所有していた。②購入した後は、主として長男が本件自動車を使用していたが、照美は普段は別の自動車を使用していたが、月に二、三回本件自動車を使用していた。③同被告は、照美が本件自動車を使用することを承諾していた。

(三) 本件事故当日における本件自動車の運行状況

①本件事故当日の午後六時頃、富津市所在の自宅にいた照美は電話で、原告からドライブに誘われ、その際同女の方で自動車を出すように言われた。②そこで、照美は、車庫から出しやすい本件自動車を使用してドライブに出掛けることとし、その旨を父親の被告森田に話し、本件自動車を使用することの承諾を得た。③照美は本件自動車を運転して、午後七時頃原告との待ち合わせ場所としたガソリンスタンドに赴き、そこで別の自動車で来ていた原告と落ち合ったが、その際原告と一緒にいた亡浩幸の紹介を受けた。④その場で原告は亡浩幸と別れ、原告がそこから照美に代わって本件自動車を運転して、助手席に同女が乗りドライブに出掛け、途中君津市にあるパチンコ店に寄った。⑤原告と照美は午後九時半頃までパチンコで遊んだ後、再び原告が本件自動車を運転して、照美と君津市周辺をドライブした。⑥そのドライブの途中で、原告は本件自動車がスポーツカータイプで、亡浩幸が車の運転が好きであったことから、照美に対して、亡浩幸に本件自動車を運転させて欲しいと頼んだところ、照美は初めてあった人物であったことから、この依頼を一旦断ったが、原告からさらに亡浩幸は「運転は上手いし、大丈夫だよ。」と言われたため、断りにくくこれを承諾した。⑦このため、原告は本件自動車を運転し、午後一〇時過ぎに袖ケ浦にある会社の寮まで行った。⑧原告は本件自動車を降りて亡浩幸を呼びに行き、照美は本件自動車内で亡浩幸が来るまで二〇分ないし三〇分間待たされた。⑨亡浩幸と原告が出て来て、照美が本件自動車の後部座席に移動し、原告が助手席に乗り、亡浩幸が運転席に乗り込んだうえ、同人の運転で出発した。⑩亡浩幸が本件自動車を運転して、周辺をドライブした後、国道一六号線のバイパスに乗り、そのままスピードをあげて千葉市街地まで行き、折り返し帰宅するため右国道の下り車線を走行中の午後一一時二五分頃本件事故を起こした。

(四) 亡浩幸の飲酒運転[丁一]

①亡浩幸は本件事故当時酒気を帯び、血液一ミリリットルにつき0.8ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で、本件自動車を運転していた。②亡浩幸は本件自動車を運転する前に飲酒していた。③照美は亡浩幸が飲酒していたことに全く気付かず、同人がスピードを出す運転をしていたものの、飲酒を疑わせるような運転態度ではなかった。④原告が、亡浩幸が飲酒していたことを知っていたかは明確ではないが、同人を迎えに行き、二〇分ないし三〇分かかっていることからすれば、同人が飲酒していたことを知っていた可能性を否定できない。⑤本件事故は亡浩幸が飲酒していたことも影響がないとまでいえる証拠はないが、事故を起こす前の運転からして、これが直接的な事故原因になったとは認められない。

2  被告森田に自賠法三条の責任について

(一) 同被告は本件事故当時自賠法三条にいう「運行供用者」であるか否か。

被告森田は本件自動車の所有者であるところ、右認定した事実によれば、本件事故当日長女の照美が友達とドライブするために、本件自動車を使用することを承諾して貸与したものであり、その照美のドライブのために、同女が原告に、さらに亡浩幸に、順次その運転をすることを承諾して、右自動車を提供し、同女自身も同乗していたものであるから、運転者が照美でなく、かつ本件事故当時の運転者が、照美に本件自動車の使用を承諾した際に予想できない人物であったとしても、同被告が照美に本件自動車をドライブのため貸与した運行目的と矛盾するものではなく、同被告は本件自動車の運行による利益を享受し、これを支配していたものであると認められる。

そうすると、本件自動車の所有者である被告森田が本件事故当時、右自動車について、亡浩幸が右自動車を運転していたことによって、同被告の運行支配や運行利益が失われたものということはできないので、被告が本件事故当時、右自動車を亡浩幸が運転していたことをもって自賠法三条の「運行供用者」の地位を喪失していたものとは認められないので、この点についての同被告の抗弁は理由がなく、同被告は本件事故当時右自動車の運行について、同条の「運行供用者」であると認められる。

(二)  本件事故当時原告も本件自動車の運行供用者であり、被告森田の関係で原告が自賠法三条にいう「他人」に該当しないか(抗弁)。

(1)  右1で認定した本件事故当時の本件自動車の運行状況からすれば、原告は本件事故当日、①照美とドライブする約束をして、同女にそのための自動車を出すように指示し、これを受け入れて同女が本件自動車を、原告とのドライブのために、その所有者である父親の被告森田からその使用の承諾を得たうえ、原告との待ち合わせ場所まで運転してきたこと、②同所で照美から、同女とのドライブをするため、原告自らが運転することの承諾を受け、同女と運転を交替して、途中パチンコ店で遊んだ時間を除き午後七時頃から午後一〇時過ぎ頃まで、千葉県富津市から君津市を経て、亡浩幸の居る袖ケ浦市の会社の寮まで、原告自ら本件自動車を運転して同女とのドライブをしたこと、③その途中で照美に対し、自動車の運転に興味のあった亡浩幸に本件自動車を運転させることを頼んだが、同女にとっては初対面の人物であったことから、これを拒否されたものの、懇請して同女の了解を得られたことから、亡浩幸の居る右寮に向けて本件自動車を運転し、原告が亡浩幸をわざわざ部屋まで迎えに行ったうえ、助手席に原告が、後部座席に照美が同乗して、亡浩幸をして本件自動車を運転させ、同所から千葉市街地までドライブし、その帰途本件事故が発生し、この間亡浩幸の運転時間が多く見てもせいぜい一時間程度であったと認められるところである。

(2)  このことからすると、原告は照美とのドライブのために、同女が運転してきた被告森田所有の本件自動車を同女の承諾のもとに、自ら運転者となり数時間にわたって運転したのであり、本件事故当時の運転者は亡浩幸であるが、この点も被告森田から右自動車の直接的な使用の許諾を受けた照美が運転を指示したことによるものではなく、原告が亡浩幸に少しの間でも、スポーツカータイプの本件自動車を運転させたいと思って、無理に照美に頼んだ結果であり、そのため原告と亡浩幸が運転を一時的に交代し、原告と照美が同乗した形になったに過ぎず、原告が亡浩幸の運転する車両に単に便乗したというものではなく、原告は本件事故当時、自らの指示に基づき亡浩幸に本件自動車を運転させていたもので、右自動車の運行を原告自ら支配し、これを照美とのドライブに供しつつ利益をも享受していたものであるといえる。

したがって、原告は本件事故当時、本件自動車について、自賠法三条にいう「運行供用者」であると認められる。なお、本件事故当時原告が自動車運転免許を有していなかったからといって、このことをもって、運行供用者の地位を否定できるものではない。

(3)  そうすると、本件事故当時、本件自動車について、その所有者である被告森田と同車に同乗していた原告は、いずれも自賠法三条の「運行供用者」の地位を有し、両者はいわゆる共同運行供用者の関係にあるものである。

そして、前記1で認定した本件自動車の運行状況からすると、本件事故当時の本件自動車の具体的運行について、被告森田によるその運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、原告によるその運行支配は、はるかに直接的、顕在的、具体的であると認められる。

したがって、本件事故の被害者である原告は、他方ではその具体的運行の支配程度態様からして、本件事故当時において本件自動車を自己のため運行の用に供していた者であるといわざるをえないから、原告は被告森田との関係で、自賠法三条の「他人」であるとはいえないから、同被告のこの点に関する抗弁は理由がある(なお、原告は自賠責保険から本件事故によって原告に生じた損害の賠償として保険金を受領し、その担当保険会社が被告保険会社であるからといって、この一事をもって、原告が右の「他人」であることを肯定できるものではない。)。

(三)  以上のとおりであるから、本件事故当時本件自動車の運行について原告が自賠法三条の「他人」に当たらないから、同被告は同条により、本件事故によって原告に生じた損害を賠償する責任があるとする原告の請求原因で主張する点は理由がないことに帰する。

3  よって、原告の被告森田に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

三  被告保険会社に対する請求について

1  前記認定した本件保険契約による自動車保険約款によれば、被告保険会社は、本件契約によって、被保険自動車である本件自動車による本件事故について、被保険者である記名被保険者(本件では被告森田がこれに当たることは争いがない。)、又は許諾被保険者(本件では亡浩幸がこれに当たるかは争いがある。)が、原告に生じた損害を法律上賠償する責任がある場合、その損害を原告に填補する保険契約上の責任があるといえるものである。

そこで、この点に関する争点について判断する。

2  本件保険契約による記名被保険者である被告森田が、本件事故による原告に生じた損害について法律上責任を負うか(請求原因)。

(一) 前記二で認定説示したとおり、本件事故について、被告森田は自賠法三条の「運行供用者」であるが、その被害者である原告が同被告の関係で、同条の「他人」にあたらないから、原告に生じた損害を賠償する法律上の責任を負担していないものである。

(二) そうすると、本件保険契約に基づく被保険者である記名被保険者の被告森田が、本件事故による原告に生じた損害について法律上責任を負わない以上、被告保険会社も右保険契約により、被告森田の関係で、原告に対してその損害の填補責任を負担していないものであるから、この点についての原告の被告保険会社が本件保険契約上の責任があるとする請求原因は理由がない。

3  亡浩幸が本件事故当時、本件保険契約による許諾被保険者にあたるか(請求原因)。

(一)  亡浩幸が右事故当時本件自動車を運転していた経緯は、前記二で認定したところから明らかなとおり、本件保険契約による被保険自動車である本件自動車は、照美が右事故当日にその記名被保険者である父の被告森田から、友達とドライブをするためにその使用の承諾を受けていたもので、そのドライブの途中に原告から、右自動車に同乗もしていない、同女にとっては全く見ず知らずの人物である亡浩幸に右自動車をいっとき運転させることの懇請を受け、亡浩幸の居る寮まで原告が右自動車を運転して行き、原告が亡浩幸を呼びにいった結果、亡浩幸が右自動車を運転し、原告と照美が同乗する形でドライブを続けたものである。

このことからすると、記名被保険者である被告森田は、照美にドライブをするため被保険自動車である本件自動車の使用を承諾したものであるが、その際に同女のドライブをする相手である原告が、右自動車を同女に代わって運転しドライブをすることは予想し得たものであるから、原告が運転すること自体は、これを知りながら、照美に右自動車の使用を承諾した際に明示の反対をしなかったものであるとまではいえても、亡浩幸がいっとき右自動車を運転することは、照美が全く知らない人物で、かつ同女の右自動車によるドライブにもともと関係しておらず、ましてやそのドライブの途中に原告から同女へ持ち出された話しによるものであることからすると、被告森田が亡浩幸に右自動車を運転することを直接承諾したものではないことはもちろん、照美の右自動車によるドライブの過程で、亡浩幸が運転することを知っていたものとも、またこれを照美に右自動車の使用を承諾した際に知り得たものともいえないところである。

(二)  したがって、本件事故当時本件自動車を運転していた亡浩幸は、本件保険契約による自動車保険約款三条に定める被保険者のうち、許諾被保険者、すなわち記名被保険者の被告森田から承諾を得て被保険自動車である本件自動車を使用していた者に該当しないといわざるをえない。

(三) そうすると、本件事故当時の保険自動車の運転者である亡浩幸は、前記一の2で認定したとおり、民法七〇九条により、右事故によって原告に生じた損害を賠償する責任のある者ではあるが、本件保険契約上亡浩幸が許諾被保険者に当たらない以上、被告保険会社は右保険契約により、亡浩幸の関係でも、原告に対してその損害の填補責任を負担するものでないから、この点についての原告の被告保険会社が本件保険契約上の責任があるとする請求原因も理由がない。

4  よって、原告の被告保険会社に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(裁判官安藤宗之)

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